バタフライ、その2

前回更新、「バタフライ」の続き。行ってみよー


「ホントにキャッチじゃないの?」
「あたりまえでしょー」
「それなら、こんなオッサンに声かけなくてもいーじゃん」
「えーあんま変わらないでしょ?」
「たぶん、ひと回りくらい違うと思うよ」
「ウッソー、つまんないよ、その冗談」
「まぁ、つまんなくていーからさ、俺は今年で38になるんだよ」


巻き髪ギャルはしばし絶句。そりゃそうだ。38と言えば、中学生の娘がいても大丈夫な年齢だ。但し決して俺は童顔ではない。年相応の何かを身に付けないままで、この歳になってしまっただけだと思われる。恥ずべきコトだ。


「ホントにぃ?」
「ホントに」
「見えないねー、30歳くらいかと思った」
「またまた、ご冗談を」
「なにそのコトバ、ウケるー」


ハスキーボイスでケタケタ笑っている。何が可笑しいのか理解に苦しむが、女の子が笑う姿を見るのは久しぶりな気がする。何か良いな、こういうの…って違うぞ、当初の目的から何かがズレ始めている。ちなみに、ケタケタ笑いつつ巻き髪ギャルの右手は、俺の左ひざ付近にそっと置かれている。やっぱり何か距離感を間違えてるよ、この娘。


「そっか、大人のヒトなんだねー」
「大人かどうかは年齢じゃないでしょ」
「そうだねー、じゃあ大人ってなにー?」
「…難しい質問だな、たぶん経験値?」
「えー、良く分かんないよー」
「俺にも分からんよ」
「なにそれー」


またもやケタケタしてる。明るいな、いや無理して明るく振る舞ってるのかも知れない。それにしても、笑うたびに大きく開いた胸元に覗くバタフライ・タトゥーが揺れている。白い肌の上に舞うチョウチョ。悪くない、生きてるみたいだ。


「…実はあたしね、バツイチなんだよー」
「へぇ…」
「反応、薄っ」
「いや、正解のリアクションが分からないんだよ」
「なにそれー」
「意味なんかないよ」
「なんか、おかしー」
「だってさ、その若さでバツイチってことは、色々あったということでしょ?」
「そりゃーねー」
「だとすると、どんなことを言えば正解なのか、分からないじゃん」
「結構、気を使うヒトなんだねー」
「気を使ってるんじゃないよ、別に」
「ふーん…じゃあさ、離婚経験があるってことはあたしは大人?」
「どうだろ?それも良く分からんよ、俺には」
「分からないことばっかだね」
「そりゃそうだよ、この歳になっても分からんことのほうが多いよ」
「なんか大変だねー」


またもや、チョウチョが揺れる。もう完全に、キャッチなのかどうかとか、お引き取り願おうとか、そんな当初の目的は忘れてしまっていた。揺れるチョウチョを眺めながら、お酒を呑むのもなかなか良いもんだ。そんなことを考えている駄目なオッサンがいるだけだった。


「ねえ、聞きたい?」
「何を?」
「離婚した理由」
「いや、どっちでもいーよ」
「なにそれー」
「話したければ聞くし、話したくなければ聞かない」
「やっぱ、気を使うヒトなんだね−」
「だからそんなんじゃないって」
「普通、聞くってー」
「そうかな?」
「そうだよー、つまんなーい」
「じゃあ、話したいの」
「んー、そうでもないかなー」


揺れるチョウチョが悲しく見える。聞いて欲しいのだけれど、話したくはない。何となく気持ちは分かる。ヒトは色々なものを抱えながら生きている。巻き髪ギャルもそうなのだろうし、俺だってそうだ。それならそれで、この娘のように笑っていたほうが良いに決まっている。笑顔はそれだけで、何となくハッピーな気分を振りまく。それはそれで良いことなのかもしれない。


それから朝まで、生きてるみたいに揺れるバタフライ・タトゥーを眺めながら、大人とは何だろう?と真剣に考えた夜だった。本当に大人って何だろう?気がつけばなっているものなのか、意識的になるものなのか、環境がそうさせるものなのか、果たして…


そうそう結局、離婚理由は分からずじまい。今になって少しだけ気になっている。