沈黙、そして…

Hanaちゃんは、27歳でカフェで働いている。休日の楽しみもカフェ巡りという生粋のカフェ娘だ。ただ、カフェで働き始めたのは最近のことで、その前はお洒落なバーでくたびれ気味のオッサン相手に、明け方近くまでお酒を作る毎日だったらしい。


「いっつも始発で帰ってましたよぉ」


そう言いながら、Hanaちゃんは冷蔵庫から野菜を取り出してる。160センチ、44キロ、B60。だぶん間違いない。それにしても、あり得ないほどにウェストが細い後ろ姿。あばら骨とか内臓がどうなっているのか、一度解剖して見てみたいと思っている俺は少しアブノーマル?まぁそんなことは、どーでも良いや。


「始発で家に帰って、シャワー浴びて、朝焼け見ながら寝て、午後に起きて、またお店、みたいな毎日だったんですよぉ」


Hanaちゃんはいつでも俺に丁寧語を使う。タメグチでいーよと言っているんだが、職業病なのか歳上のヒトにはどうしても敬語を使ってしまうらしい。律儀な、しかし不器用な娘だ。


「そんな生活じゃ肌が荒れちゃうね」
「そうなんですよぉ、それが嫌で転職したっていうのもあるかも」
「曲がり角も近いしね」
「ひどーい!」


少し頬を膨らませながら、楽しそうに笑っている。少し意地悪だけれど、こうしたちょっとだけ失礼かもしれない質問を敢えて投げかけたりすると、その女の子の素の性格がチラッと覗けたりする。うん、やっぱり良い娘だね、Hanaちゃん。しかし、手元が止まることがないな。テキパキという言葉が、本当に良く似合う。


「おまたせっ」


お魚とお豆腐とサラダとお味噌汁。うん、注文通り。ありがとう。


「それじゃ今の仕事には満足なんだね」
「うーん、好きだし満足と言えばそうなんですけどねぇ」
「何か不満でもあるの?」
「なんて言うか、お給料が少ないんですよねぇ、仕方がないけど」
「バーのほうが稼げた、と」
「うん、稼げた」
「そっか、でもカフェで働くほうが自分に合ってるんでしょ?」
「合ってるっていうか、単純に好きなんですよ、カフェが」
「知ってるよ、それは」
「ですよねぇ、もう何ヶ所一緒に行きましたっけ?」
「…たぶん15、くらいかな?」
「えー意外と少ないですねぇ、もっと行ってるかと思ってた」
「俺はこの街にこんなに沢山のカフェがあることにビックリしてるよ」


箸を休めて少しだけ首を傾げてニッコリと笑う。この娘の癖だ。少し間違えれば嫌味な仕草になりかねないが、絶妙のバランスで男心に突き刺さる。この笑顔に騙されてしまう男子は多いんだろうな。いや、別に騙しているわけじゃないんだろうけど、この仕草をするHanaちゃんには何だかソフトフォーカスがかかっているように見えたりするから、何かを騙しているのかもしれない。


「いくらでもありますよぉ、カフェなんて」
「そう?」
「そうですよ」
「そっか」
「なんか、いっつもそうですねぇ」
「ん、なに?」
「あんまり人を否定したりしないですよね」
「そうかな?」
「うん、そう」
「そっか」
「またぁー」


声を出してクスクス笑ってる。いや、違うんだよ?、Hanaちゃん。俺はキミが感じているような、そんな人間じゃない。正直どうでもいいというか、どっちでもいーんだ、だから否定をしない。それは優しさでもなければ、謙虚さでもなくて、ただ単に自分がないだけなんだ。Hanaちゃんが考えているような立派な理由じゃないんだ。申し訳ないけど。


「あれ?なんの話をしてましたっけ?」
「カフェは好きだけど収入が少ないって話」
「そうそう、少ないんですよ、ほんとに」
「でも、こうやって暮らしていけるくらいは貰えるんでしょ?」
「うーん、でもね、将来お店を持ちたいんですよぉ、自分の」
「そうなんだ?」
「うん」
「そっか、生活は出来るけど開店資金を貯めるのは無理なんだね」
「相変わらず、理解が早いですねぇ」
「ん?馬鹿にしてる?」
「違いますよ、褒めてんですよ」
「そうなん?」
「ですよ、でもね、時々消化不良になったりもしますけど」
「そっか、気をつけるよ」
「何事もやり過ぎは良くないってことですよっ」


そして、クスクス笑っている。消化不良か…何か分かるよ、気持ちは。内容を理解してもらうことが目的じゃない時もあるだろうし、説明をしながら頭のなかを整理したい時もあるもんね。うん、気をつけるよ、なるべく。


「それでね、副業を考えてるんですよぉ」
「貯金のため?」
「そう」
「めぼしはあるの?」
「うふふ」


意味深に笑いながら目を伏せる。本当にこの娘は、細かな仕草のひとつひとつがいちいち女の子っぽい。天然なのか、計算高いのかは分からないけれど、もちろんキライではない。けど、女の子同士だと嫌われたりするのかな?


「なに?株とか?投資系?」
「資金を貯めたいのに、資金が必要なことをやれるわけないじゃないですか」
「まぁ、そだね」
「風俗嬢」
「へ?」




今、お仕事が忙しすぎてもう書けない・・・またしても続く、だ。